はじめに。
このテキストは拙作『アフターアワーズ』1集発売時に小学館『コミスン』に掲載された特集「『アフターアワーズ』に登場する実在のレコードを作者・西尾雄太が解説!/クラブの音が聴こえるガールミーツガール青春譜」
になぞらえて著者個人が単行本第2集第3集に登場した楽曲について解説するものです。
コミスンおよび小学館さまとは無関係であること、作品の内容に踏み込んでいることをご理解のうえお楽しみいただけましたら幸いです。
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さて、
改めてこの作品の音楽面にクローズし、無粋な解説をするならば(DJとVJを入り口にこそ持ってきていますが)実のところイベントオーガナイザーが手を引きひとりの新しいオーガナイザーを育む物語、ということになります。
この構成はあらかじめ設計していて、そのために、作中ダンスミュージック・シーンの顔であるDJ「以外」をどのように活躍させるかが肝でした。
なにせオーガナイザーの役割とはそれらを把握してこそ務まるもの。
然るに、本作、こと2集においてはそのほぼ一冊がそのガイダンスとしての側面をもっています。
6話では(騒音等の理由により今は制限されていますが)海の家など「クラブの外」でのイベントにふれました。舞台になるボウリング場もDJイベントを多く開催する笹塚ボウルがモデルになっており、そしてケイがひそかに画策していた「レイヴ」へと話は向かいます。
7話の舞台はウェアハウスパーティ。PAのポジションについての話が挿入され、また、のちの人力として技術屋・中村がセグウェイに乗りさっそうと登場します。
全体の雰囲気は新宿の地下テナントで行われた2015年のAKIPARTYを参考にしました。
ギーク向けクラブイベント #akiparty 新宿2015 まとめ - Togetter
8話ではクラブの店長が登場し実店舗としてのクラブの内側が語られます。そして前話の流れからサウンドシステムの話。
今話についてはLounge NEOおよび鈴木店長の多大な協力なくしては描きえませんでした。
9話はいよいよレイヴの会場となる場所へと足を踏み入れます。モチーフは実際に各種のイベントが催されていた旧東京電機大神田キャンパス。取材にあたって住友商事株式会社にご協力いただきました。
後半はトラックメイカーとしての新川にスポット。作中語られませんがダンもまた作曲活動をしており海外レーベルから手堅くリリースを続けているようです。
そしてこれらの断片が重なり合い17話(3集P235)のケイの言葉、そしてそれを受けたエミの決心に導かれていくのです。
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前置きが長くなりました。さて、ここからはタイトル通り各所の小ネタを開陳していきましょう。とはいえ1集ほど作為的なものは多くありません。
#8
クラブ内踊り場に貼られたポスターに書かれているテキスト、"EDM SUPER ULTRA HYPER ANTHEM"はfazerock氏によるその名が示す通りのビッグルームハウス有名曲の多重マッシュアップ(現在はサウンドクラウドからは削除)のタイトル。
その隣の #仲間#最高かよ とは一時SNS上で物議をかもした映画『WE ARE YOUR FRIENDS』の日本国内宣伝に用いられたハッシュタグ。
モデルとなったLounge NEOを「チャラ箱」に改変したための演出ですが図らずも自身の性格の悪さが露呈する結果となりました。
P86、マユミのヘッドホンスタイルは掟ポルシェ氏がDJ中に用いるそれを参考にしています。
#9
新川の制作する楽曲はYunomi『大江戸コントローラー(feat. TORIENA)[Batsu Remix](DJ酒井法子 Remix)』からさらに派生していったいくかの亜種リミックスをイメージしていました。
この作品では作中に流れる音を擬声語を用いて表現することは意識的に避けてきましたがここではあえてストレートに表現しています。
音の洪水のなかから浮かび上がる「おにいちゃーん」の音はおそらくおにいちゃんCD(というサンプリングCD)からのサンプリングでしょう。
このリミックスをベースとする各エディットは以下から。
余談ですが初期のネームでは新川はエミの上司となる予定でした。未来が変わってよかったね。
#10
2014年秋、京都メトロで行われた『出張版 月光密造の夜』翌日僕はスカートメンバーや漫画家の見富拓哉氏、大沖氏らとともに京都市内を練り歩いていたのですが、
10話冒頭のアドトラックのラッピングはその日イノダコーヒーに茶をしばきにいった際に撮った写真を下敷きにしています。
ダンスミュージックの漫画と定めていたため正攻法でバンドを出すのは早くから諦めていましたが、しかしなんらかの方法でスカートを登場させたいと思いこのようなふざけた(ひどい)かたちをとりました。
(正攻法、かつ先行する作品で上記の見富拓哉氏による『バンドをやってる友達』という大傑作があります。もし手にする機会があればぜひともご一読を)
この話の筋とは無関係ですがスカートのシングル『静かな夜がいい』はそのモチーフのひとつに本作『アフターアワーズ』をあげていただいています。
たいへん光栄なことでとてもうれしく、原稿期間中もこの曲にとても勇気づけられました。
本作3集表紙イラストは『静かな夜がいい』MVにインスパイアされ描かれたものであります。
10話ラストにケイが聴いている曲はStardustの唯一にして、そしてDaft Punk『One More Time』誕生のきっかけともなった記録的ヒット曲『Music Sounds Better With You』。
この曲の解説についてはのちに回しますがこの場面のキーアイテムとしてShazamを用いたのは音楽漫画として、また、現代劇としてけっこういい仕事したのでは、と思っています。
#11
「ガバチョ!!」は3話の"ハウス"パーカに続きフロッグリバーより。
(ガバチョ→ガバ=Gabberへのパスワークはオリジナル)
何度となく話していることですが本作のサブキャラクターでおしめさんのみ漫画『フーテン』になぞらえたネーミングから外れている(それを思いつく前から名前つきで存在している)ためかわりにハウスミュージック青春ドラマ『FROG RIVER』のイメージを積極的に投影しています。
クライマックス、割れたレコードはDJ Sneak/DJ Sneak epからC面に『Mind Destruction』が収録されている盤。
不安なシーンには不安な曲を、という心遣いですね。
(13話ラストのフロアマットのテキストも同様の心遣い)
ケイのレコードバッグに入っていそうなレコードからそれらしいタイトルのものをチョイスしたかたちです。
#12
12話において『Music Sounds~』が収録されたレコードがオリジナル12インチではなくAlan Braxeのアルバムであることが明らかになるのですが
これはオリジナルがレーベル共通ジャケであり絵的に楽曲との紐づけがしづらいこと、そして何よりこのアルバムのアートワークをのちにJusticeを結成する
Gaspirator a.k.a.Gaspard Augéと彼が所属するレーベルed bangerの看板アートディレクター/イラストレーターのSo Meが手掛けていることが理由となっています。
"I Feel Like The Music Sounds Better With You"、あなたといると音楽がよりよく聴こえるようだ、と繰り返されるこの曲はつまり
3話で引用したJustice『Never Be Alone』(この曲のアートワークもやはりSo Meによる)と同じくケイからエミに向けられたメッセージであり、ゆえにそこに関連性を匂わせたかったのです。
ちなみにこのシーンには大きな嘘があり2018年現在チャカ・カーンをサンプリングしたこの曲はすくなくとも正規の方法でダウンロードすることはできません。
じつはエミのようにiTunes storeで検索したとしても見つからないのです。
しかしながらビルボードが今年6月、メンバーが20周年に向けリマスタリングのためにスタジオに入ったと報じておりそう遠くないうちにこのような脚注をする必要がなくなる日が来るかもしれません。
#13
ブレーキランプ5回点滅とはもちろんあの曲。これについての説明は必要ないでしょう。
#15
Superfunkの『Lucky Star』とBasement Jaxxの『Lucky Star』。占いにまつわる回想の中で同タイトルのレコードを2枚提示、そのチョイスを委ねることで徐々にこの先の展開への導入をつくっています。
ところで次のページより登場する占い師は2話においてケイが夢想する皺を刻んだ未来の自分と同じ姿のように見えます。
P157のジャケットは国士無双×HyperJuice『Anthem』のもの。執筆中はイベントの前売り特典としてデータのみ存在がするものでしたがのちに実際にレコードとしてプレスされ現実のものへと変わりました。
最終話
アフターアワーズ連載開始からさかのぼること2年前。下北沢インディーファンクラブ2013 トーベヤンソンニューヨーク終演後の会場で僕は迂遠な前置きと、でもたしかな決意をもってtofubeats氏にひとつのお願いをしました。
そして2017年の冬。最終話の執筆にあたって改めてオカダダ氏tofubeats氏両氏に彼らdancinthruthenightsによるバージョンの『Local Distance』を使わせてもらう許諾をとります。
この曲をこの物語の最後のバックトラックにすることはプロットの第一稿からずっとゆるぎませんでした。
紙面の都合でリリックは半分だけしか掲載できませんでしたが
読んで何かを感じてくれた方ならきっと楽曲にたどり着いてくれるだろうと、そんなに心配はしていませんでした。
宇多田ヒカルをサンプリングした"曲"そのものはメディアに乗せることはかないませんがこういったかたちであればリーガルに届けられる。
この曲を、紙とインクでもってこの時代に固着できたことを、僕はおおいに誇りに思っています。
いささか感傷的なテキストになってしまいましたがこの曲が作品にとってそれくらいの意味を持つ曲だと伝えたかったのです。
さいごに、1話でエミが受け取ったレコードのうちのひとつ、オノマトペ大臣の『街の踊り』にフォーカスしてこの物語は幕を閉じます。
このレコードも、我々の時代を語るための重要な一枚だと思い、またdancinthruthenightsのふたりとも親交が深い関西出身のアーティストということもあって結びの一枚としました。
(語るべきことはその前のページですべて描き切っているのでここではあくまで風景のひとつとして描いています。)
Maltine Records - [MARU-098] オノマトペ大臣 - 街の踊り
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以上はすべてアフターアワーズの音楽漫画としての側面をより楽しむために書かれたテキストであり、
本筋である恋愛と成長の物語を理解するために必要とするものではありません。
すでに単行本をお持ちの方はこのページに貼られたリンクとともに読み返していただけたら一読目とはちがった感想を得られるかもしれません。
このテキストで興味を持たれた方がいればよろしければ単行本を。全3集と集めやすいです。
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■リンク
DJ Badboi氏による『アフターアワーズ』作中に登場するレコードのみを用いたDJミックス
『アフターアワーズ』に登場する実在のレコードを作者・西尾雄太が解説!/クラブの音が聴こえるガールミーツガール青春譜 コミスン
AFTER HOURS マーチャンダイズ
著者twitter 西尾雄太 NISHIO,yuhta (@snobby_snob) | Twitter
アフターアワーズおしらせ アフターアワーズおしらせ (@after_h_ours) | Twitter
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■著者近況
10/12発売の月刊コミックビームより新連載「水野と茶山」がスタートします。