"ファッションの魅力を描く漫画家たちVol.7 西尾雄太" 補遺

このエントリは
サイト『FashonHR』上に掲載されたインタビュー

『ファッションの魅力を描く漫画家たちVol.7 西尾雄太

fashion-hr.com

から事前にいただいた質問のなかでインタビュー当日に使用されなかったものを独自に回答した補遺です。

上記リンクのインタビューとあわせてお楽しみください。

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・ファッションをテーマにした理由


これがプロパー商品であればもう勝ち筋ができあがってるのでやらなかったと思いますが古着であれば存分に自由にやれると感じられた、というのが大きな理由です。

最初のきっかけは、
―これはディレクターさんや監督にも直接お話ししたので言っていいと思うんですが『東京古着日和』(※1)というYoutube上で展開しているドラマがありまして。
言ってしまえば『孤独のグルメ』の古着版。「孤独のグルメ」の原作は漫画ですからこの手法を逆再生するように『東京古着日和』の漫画版のようなものを描けないか、と思い立ったんですね。
早速ネームを数本作成して初代の担当編集さんにお見せしたところ、漫画の連載であればもっと読者をひきつける太い幹があった方がいいよね、といったリアクションが返ってきまして。

それで、たまたまデビュー連載の参考資料として買っていた映画『ハイ・フィデリティ』のDVDを見返していたところ、
このプロットにそのまま手持ちのアイデアを代入すれば全部がきれいにまとまるのでは、と思いついたんです。
もともと自分が小売りの経験がありいつか小売りの漫画が描きたい、というのもあったのでこれもガッチャンコできるし、
となって今作が生まれたわけです。

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・漫画を描くうえでインタビューや資料集めはどのように?


取材に関しては同席してもらってる担当さんに頼りっきりで。
出版社の看板を借りて取材をお願いできるのは雑誌連載を持たせてもらっている大きな強みですね。

今作に限って言うと、
まず連載開始前に単行本のデザインをしてくださっている飛ぶ教室・森さんを通じて小学館の古着好きで有名な編集さんにお話を伺って。
この方は以前、鈴木夏菜氏による『NYLON TWILL』(※2)という古着テーマの読切を担当されてるんですが、これがすごくよくできた作品で。
この作品のおかげで自分はこのテーマで青春モノでやらなくていい、という踏ん切りがついたくらいなんですが。
で、その編集さんに都内の魅力的な古着屋や資料を伺ったり、
学生時代からの友人という古着系Youtuberのゆーみん&きうてぃ(※3)のお二人を紹介いただいてお話を伺ったりしました。

ほかにも古着系Youtuberの方々の動画はとても参考にさせてもらっています。

あとは実際に自分で古着屋に足を運んでお店の雰囲気を感じ、お店の方とお話をして、そこで手にした服をよく眺めることですね。

瑕疵のある古着を手直ししたり、アイロンをかけていたりすると、なぜこの服がこの形をしているのか、というのが
ぼんやりと見えてくる。
一度、化繊が流通し始める以前の、麻でできた古い消防服を手洗いしていたんですが
麻は水を含むと糸が膨張して目がぎゅっと詰まり信じられないくらい頑丈になるんですね。
水兵であるとか、危険が伴う水まわりの仕事につく人たちが着ている理由がわかりました。

それから、これは多摩美の生産デザイン学科に取材に伺った時なんですが、教室一杯にオランダ製だったかと思うんですがヨーロッパの手織りの織機が並んでいたんですね。
その織機のマックスの織り幅が70cmと聞いてそれでヨーロッパのスモックシャツの身幅がおおよそ一律70cm、両脇にセルビッジがついていることに合点がいったり。

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・主人公・椹木錕(さわらぎこん)は古着を愛し、女性を愛すのが少し下手な男性。もちろん西尾先生も古着を愛すという点では共通していると思いますが、恋愛においてはいかがですか?


僕は恋愛においては錕以上にからっきしで。
僕の過去作を読んでいただくとわかるんですが、どれも恋愛がすでにはじまっているところからスタートしているんですね。
つまり、色恋のすったもんだを描くことはできないけどいざ恋愛がはじまっているところから描けばあとは人間関係ですから、
そであれば自分経験や思考からも物語を紡ぐことができるだろう、と、そういう算段です。

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・作中で描かれる元カノ達は主人公に相当な恨みを持っている。何かを否定されたと感じている。「好き」が行き過ぎると近しい誰かの何かを「否定する」と感じることがありますか?


恨みを持っている、というのはちょっと違っていて、錕が燃料片手に火をつけて回っている、という方が的確かもしれません。
錕の視点を通して我々読者が見ているためそのように映るかもしれませんが、
彼女たちは実際には錕よりもずっと先に行って自分の人生を進めていますから。

それで、好きが行き過ぎるとほかの誰かのなにかを否定するか、についてはこれは当然イエスだと思います。

あらゆるものは対比によってその輪郭が浮かび上がるものですから、意図する意図しないによらずその過程によって何かを下げる、あるいは否定する、ということはままあることですし、
自分にもたくさん心当たりがあります。
その否定やサゲの当たりの強さをいかにソフトするか、あるいは自分の態度として出る前に内側の壁で跳ね返すかが、
人付き合いのほぼ9割を占めるのではないでしょうか。

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・読者はやはり服好きの方が多い?マニアックな描写もありますが、読者の反応はいかがでしたか?


どうでしょうね・・・フィードバックが得られるほど売れてない・・・ような気もしないでもないですが。

古巣ヴィレッジヴァンガードの下北沢店では幸いコンスタントに売れてくれているようで泥を塗ることにならずにほっとしてます。

SNS上で見かけたうれしい感想だと古着好きの読者の方から2巻表紙でビヨード-インディゴリネンスモックを描いていることをお褒めいただいて、
この作品をきっかけに実際に服を手に取られる方がいらしたのはうれしかったですね。
ちなみに、このパーカの上にビヨードというレイヤードは高円寺の古着屋アンコールのスタイリングを参考にしていることを告白させていただいます。(※4)

知り合いの女性読者の方たちからは主人公のトキシックな描写について非常に評価をいただいてそれは励みになるのですが
ほんとうはもっとドカン、と売れて僕や錕と同年代の男性にも届いてほしい、という気持ちがありますね。

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・別媒体のインタビューで、作中では「有害な男らしさ」を意識して描いていると仰っていました。男性がこういったテーマに触れるのはかなり珍しいと思います。触れる上で意識されたことはありますか?


いちばん大事にしたのはイシューが主題を食べてしまわないことですね。
つまり物語の縦糸はは錕と珉の関係の修復であり、物語の横糸は古着にまつわるお仕事モノであり、あくまでその2つがメインディッシュですよ、と。
あまりイシューが前に出すぎると、じゃあこれは漫画じゃなくていいじゃないか、新書の方が適してるじゃないか、となるのでその匙加減には気を付けながら描いたつもりです。

それで、「有害な男らしさ」についてですが、おっしゃるとおり、男性が触れるのはまだ珍しい、
言い換えればそれだけ女性にまかせっきりなわけで、とても良くないことだと思ってます。
それでは女性だけの問題として曲解されバックラッシュを生みますし、よしんば刷新されたとしても真の意味での解決には向かいません。
社会全体で考えていくことが大事ですし、この問題は女性だけに限らず性自認がTheyのひと、権威勾配の底辺側の男性にも向いています。
男性作家側から見たらチャレンジャブルでまだ手付かずの島が多く残されているテーマだと思うのでもっとこういったモチーフを扱った作品が描かれると
いち読者としても新しい漫画が読めて楽しいなぁ、と思います。

パーソナルな話をすると、ヴィレッジヴァンガードお茶の水店で働いていたときの話、
当時上司から強く数字を求められ、家に帰って漫画を描き、同時に村上隆さんのスタジオに出入りして巨大なペインティング作品を描き、という日々を過ごしていて、
人生でおそらくもっともハードで密度の高い季節を過ごしていたんですが、
そのしわ寄せとして下についてくれていたスタッフのケアが疎かになり、あまつさえ小さなミスや反発に対しても攻撃的になっていました。
そんな自分に対する反省もこの漫画には込めています。
もちろん、漫画を描き上げたことで禊を済ませた、なんてことは考えてはいけないし、引き続き向き合っていくことが自分の課題だと感じています。

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・西尾先生が思うファッションの魅力


まず、人間の生活の基幹を担っているにもかかわらずそのほとんどの工程が自動化されていないプロダクトでかつ、
サイズ展開も含めればまったく同じものが異様に少ないという点が非常にコレクタブルですよね。
靴やカバン、アクセサリーなどはそれ単体で自立しますから身に着けなくても眺めて彫刻的な美しさを感じられる。
ひとが際限なくスニーカーや時計を集めてしまうのも、そういったところが理由だと思います。

それから、僕にはひそかな変身願望があって。
服はさまざまに着替えることによって、肉体を改造するよりも手軽に、かつ劇的に自身のシルエットを変容、拡張できる。
さらにそこに文化がレイヤードされているものですからたとえばハードなパンクファッションを着れば相手にはパンクスの人なのだな、と伝わる。
で、翌日にスーツにブリーフケースを身に着けていたらこんどはビジネスマンだと伝わるでしょう。
現実には同じ人間にもかかわらず。
そんなありえないようなことがいとも簡単に起こるってなかなかないし素敵なことだと思うんです。
そういうところがファッションの魅力だと思っています。

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・古着は「偏愛」。一方通行の愛ですが、ファッション以外に「偏愛」はお持ちですか?


この漫画をはじめてからだいぶファッションに押され気味ですが
相変わらずレコード蒐集を含めてダンスミュージックは好きですし
漫画も好きなつもりでいます。

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・「好き」と「日常・人生」の狭間で揺れることはありますか?


あまり無いですね。
興味のあるものだけ拾い集め積み上げてきたのが自分の人生ですし。
仮に家庭を持ったりしたら他人の人生が流れ込んできてまた別の感覚が芽生えるのかもしれませんが、今のところは。

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(※1 東京古着日和 - YouTube
(※2 NYLON TWILL | やわらかスピリッツ
(※3 ゆーみん&きうてぃ - YouTube)
(※4 https://www.instagram.com/p/CjH6YMiuOy-/?img_index=2)